材料中への水素の侵入を抑制するセラミックス被覆膜の開発


▼耐水素脆化特性に優れた材料の実現

 近年,化石燃料への依存度を低減するため,再生可能エネルギーの利用への期待が高まっています.太陽光発電や風力発電などの再生可能エネルギーはその発電量が時間帯や気候に依存して大きく変化します.このような再生可能エネルギーの系統安定性を向上するため,発電量に余裕のある時間帯に余剰電力を水素の形で化学エネルギーとして保存する方法が検討されています.このような水素貯蔵において,水素と接触する構造材料の水素脆化の抑制は必要不可欠です.

 また,温室効果ガスを排出しない発電方法として核融合発電も注目を集めています.特に重水素と三重水素の核融合反応(D-T反応)が注目されています.燃料である三重水素は自然界にほとんど存在しないため,ブランケットと呼ばれる領域でD-T反応で発生した中性子とリチウムの核反応から三重水素を再生産します.そのため,ブランケット構造材料の水素脆化の抑制も必要不可欠です.

 我々は構造材料の耐水素脆化特性を向上する方法として,水素遮蔽特性に優れたセラミックス被覆膜を形成する手法に着目しました.優れた水素遮蔽膜を開発するため,セラミックス材料中の水素の挙動を調査しています.

図 水素遮蔽膜の概念図.

▼セラミックス材料中での水素不純物の安定性の解明

詳細はT. Watanabe et al., ChemPhysChem 20 (2019) 1369-1375をご覧ください.

 第一原理電子状態計算を用い,セラミックス材料中での水素不純物の安定性を解明しました.また,アニオン空孔やアニオン置換の影響を解明しました.これらの研究より,以下の点を明らかにしました.

  • 価数変化の難しい典型元素酸化物中では,水素不純物は周囲の原子と結合を形成できず不安定である.
  • 価数変化が比較的容易な遷移金属元素酸化物中では,水素不純物は周囲の原子と共有結合を形成する.
  • アニオンサイトの空孔や置換元素により,余剰電子や電子欠乏状態が生まれた場合,水素の荷電状態が変化する.
  • 図 セラミックス材料中での水素の挙動の概念図.

    ▼セラミックス複層膜中での水素不純物の拡散特性の解明

    詳細はY. Kunisada et al., International Journal of Hydrogen Energy 97 (2025) 1327-1334をご覧ください.

     α-Al2O3は優れた水素遮蔽特性を示すことが知られています.α-Al2O3はさらにα-Cr2O3と複層膜化することで水素遮蔽特性が向上することが知られていますが,そのメカニズムは不明でした.
     私達は第一原理電子状態計算を用い,α-Al2O3/α-Cr2O3複層膜中での水素の拡散特性とその起源を解明しました.これらの研究より,以下の点を明らかにしました.

  • α-Al2O3/α-Cr2O3界面近傍のα-Al2O2領域に水素のトラップサイトが形成される.
  • 水素拡散の鞍点においては複層膜化の影響はあまり現れない.
  • これらの結果として,α-Al2O3/α-Cr2O3界面近傍における水素の拡散障壁が増大する.