▼nmオーダーの局所領域の光学特性測定手法の開発
エレクトロニクス機器のさらなる小型化・高性能化に向け,トランジスタなどの電子デバイスの微小化が進んでいます.このとき,MOSFETの酸化物絶縁体の薄膜化に伴いリーク電流が発生します.(下図) リーク電流を防ぐため,より誘電率の高い酸化物(high-k材料)が用いられていますが,デバイス中に組み込んだ場合の誘電率の評価が重要となっています.
本研究では図1に示すように光の代わりに電子線をプローブとして用います.電子線を用いることで光の回折限界を超えた高い空間分解能で光学特性を測定することができます.図2に示すように材料中を透過してきた電子が失ったエネルギーに着目します.(電子エネルギー損失分光法:EELS)
▼電子線を用いて光学特性を測定する場合の問題点
詳細はN. Sakaguchi et al. Microscopy 65 (2016) 415をご覧ください.
電子線を用いて光学特性を測定する場合,光が入射した場合には起こらない遅延効果と呼ばれる現象が起こり,正確な光学特性測定が行えないという問題点があります.(図3) 散乱角が小さい場合に~10 eVの領域に遅延効果が表れることが分かります.また,屈折率の高い材料中では電子線の速さが光速を超えてしまうことがあり,このような場合にも顕著に現れます.
N. Sakaguchi et al., Improving the measurement of dielectric function by TEM-EELS: avoiding the retardation effect, Microscopy 65 (2016) 415, Oxford University Press.
▼解決策1 遅延効果があまり起きない領域まで電子線を遅くする
詳細はN. Sakaguchi et al., Ultramicroscopy, 169 (2016) 37.をご覧ください.
電子の速さが光速を超えた場合に遅延効果が顕著となります.そこで,電子の速さ(加速電圧)を光速以下になるまで低下させると,遅延効果の影響を小さくすることができます.
▶︎α-Al2O3の光学特性を測定した例(図4)
α-Al2O3について,材料中の電子の速さが光速以下(加速電圧:60 kV)と光速以上(200 kV)の2種類の電子線を用いて光学特性測定を行いました.その結果,60 kVの電子線では光を用いて測定した結果とほぼ一致し,正確な光学特性測定が行えることを明らかにしました.
ただし,この手法には以下のような注意すべき点が存在します.
・屈折率の大きな材料については大きく加速電圧を下げなければならない
・加速電圧を下げると空間分解能が低下する
N. Sakaguchi et al., Ultramicroscopy, 169 (2016) 37.
▼解決策2 遅延効果が表れる低散乱角領域を取り除く
詳細はN. Sakaguchi et al., Ultramicroscopy, 169 (2016) 37.をご覧ください.
遅延効果は散乱角が小さい領域に現れます.そこで図5のように2種類の絞りを用いた測定結果を差し引くことで,低散乱角領域を取り除きます.
▶︎α-Al2O3の光学特性を測定した例(図6)
α-Al2O3について,図5の手法を用いて光学特性測定を行いました.その結果,電子の速さが光速を超えている200 kVの電子線を用いた場合においても光を用いて測定した結果とほぼ一致し,正確な光学特性測定が行えることを明らかにしました.
ただし,この手法には以下のような注意すべき点が存在します.
・光による直接励起の場合には材料中の電子の運動量は変化しないが,電子線を用いた場合では運動量が変化する.
α-Al2O3は価電子帯のバンドが比較的フラットであるため,運動量変化の影響が小さく,正確な光学特性が行えたと考えられる.
N. Sakaguchi et al., Ultramicroscopy, 169 (2016) 37.